朝倉会長 2019年6月 会長就任挨拶

「現世を忘れぬ久遠の理想」,勤務校野球部の試合観戦で神宮球場を訪れると,このフレーズを含むライバル校の校歌を聞くことができます。組織として理想を追い求めること,そしてそれが久遠の理想であることで,組織に所属する人々の心に夢が芽生え,将来に向けてのモティベーションが高まるでしょう。しかしながら,そのプロセスが現世を忘れ,当座直面している課題へ御座なりな対応をしたり,方向性の違いに拘って獲得できる利益を逃したり,あるいはそのプロセスに関わる人々を疲弊させたりすると,人心が離れていってしまうはずです。

この度,第65回定時総会ならびに第430回理事会にて,平成31 年度から令和元年度へと移り変わる改元年度の会長を仰せつかりました。日本油化学会のこれまでの歴史を辿ると,諸先輩方のご努力が,まさに「現世を忘れぬ久遠の理想」を追求された大変に素晴らしいものであったことを,あらためて認識させられます。個人的な感覚では,その最も見事な例は,学会誌の変遷であると思っております。

前世紀までの論文誌と情報誌の両方の機能を持ち合わせた学会誌は,読者には便利であったかもしれませんが,前世紀終盤に研究者を定量的に業績評価する風潮が高まったことから,研究者にとってこの学会誌に良い論文を投稿しようという意思は著しく低下していたように感じられました。その中で,2001 年に「Journal of Oleo Science」が純粋な学術論文誌として創刊され,その後の電子ジャーナル化および完全英文化を経て,2010 年にはImpact Factor の対象となりました。これは,日本油化学会が「オレオサイエンスという分野を世界的に先導する」という理想を追求する基盤を整備したことを意味すると感じております。一方,同時に情報誌の「オレオサイエンス」を創刊し,日本語で本分野の諸情報を簡単に獲得したい方々の現実的要求に沿う対応もできたと感じております。

日本油化学会の特徴としてよく挙げられるのが「多様性」ですが,実はこの「多様性」に多様な軸があると感じております。勿論,第1 に挙げられるのは[ 脂質生命科学 ↔ 食品・日用品油脂化学 ↔ 油脂産業技術 ↔ 洗剤・洗浄工学 ↔ 界面活性剤合成 ↔ 界面物理科学 ]という研究分野の軸です。しかしそれ以外に,学会参画の目的としての[ 情報発信 ↔ 情報収集 ]という軸や,[ 個人意思 ↔ 組織貢献 ]という軸もあります。したがって,何らかの方策を取る際は,このような「多様な多様性」に基づく要求があることの認識が必要なはずです。ちなみに,前述の学会誌については,アメリカ油化学会のように油脂化学と界面活性剤・洗剤に分冊化せず,幅広い研究分野を全て網羅したオレオサイエンスという分野を提案し,分野間の連携が活発に進行する環境が整えられております。その一方,論文誌と情報誌に分冊化し,[ 情報発信 ↔ 情報収集 ]という参加目的の軸の多様性にも対応できています。

さて,この度の会長就任により,学会内諸業務の大部分を辞しましたが,年会改革推進委員会ならびに学会創立70 年記念事業準備委員会の委員長は,引き続き務めさせていただきます。年会が,学際性が強く斬新な発想を許容する自由闊達さと高い学術レベルを堅持する質実剛健さが同居した,国際的な産学連携の場としてより活気づくよう様々な施策に挑戦する予定です。具体的には,「産学連携コーナー」と「国際選抜講演」(共に仮称)の設立です。この新しい年会の形態を,2022 年に学会創立70 年記念事業として釧路市で開催する第2 回世界オレオサイエンス会議までに確立し,その後に繋げていければと思っております。

なお,ライバル校校歌内のフレーズ「現世を忘れぬ久遠の理想」を追求するため,勤務校創始者の言葉である「敢為活発堅忍不屈の精神」で臨む所存におります。会員の皆様におかれましては,ご協力の程,何卒宜しくお願い申し上げます。

朝倉会長  2020年ごあいさつ

渋谷駅スクランブル交差点の賑わい,ラグビーワールドカップの興奮と,日本油化学会年会改革

「青信号1 回当たり約3,000 人」,これは最も人が多い時間帯に渋谷駅スクランブル交差点を渡る人数の概数だそうです(出典:渋谷センター街ホームページhttp://center-gai.jp/info/ より)。多種多様な人々が多種多様な目的で勝手に集まってきて,いつも賑わっています。「交差点」,これは北本大委員長の下に構成された将来構想委員会から2017 年に提言された,日本油化学会改革ビジョンの締め括りの言葉です。このビジョンにしたがい,現在,日本油化学会は年会改革のプランを進めております。「日本油化学会の年会が幅広い分野に広がった幅広い目的の参加者が雑多に集う交差点となる,すると,そのカオス的混沌とした状況下において,それまでは思いもつかなかったような新しい連携,新しい技術,さらには新しい学問体系までもが創発してくる」,そんな年会改革プランです。

その第一弾として,昨年度は残念ながら台風で中止になってしまった「主題シンポジウム:シーズとニーズのマッチング」が,本年度年会では,後藤直宏実行委員長のリーダーシップの下で開催されました。年会企画運営委員会の井村知弘委員長のリードの下,大学の研究者は研究シーズと学生の育成方針,企業の研究者は研究ニーズと求める人物像について,それぞれ紹介しあい,産学連携ならびに人的交流の推進を目指すものでした。約2時間半のシンポジウムの間,会場は大いに盛り上がり,またポスター会場に設置されたブースも随分と賑わっておりました。今後,2020 および2021 年度に纐纈守実行委員長ならびに西脇永敏実行委員長を中心としたメンバーで,岐阜および高知で開催される年会が,産学連携推進のための交差点」としてどのように進化していくか,大いに期待されます。

さて,2019 年はラグビーワールドカップで日本全国が大いに盛り上がりました。ただ,残念なことが一つ,日本チームは代表31 名中24 名が日本人選手でしたが,実際は16 名あるいは15 名しかいないと思っているのが平均的な日本人のようです(16 名と思うか15 名と思うかは,名前のリストを見るか,顔写真のリストを見るかで決まってくるようです)。しかも,外国人選手7 名中3 名の最終学歴は日本の高校あるいは大学です。このような状況下で思い出したのは,1997 年9 月に1 年間の米国でのサバティカルから帰国し初めて出研した時の出来事でした。1 年振りに,或る言葉を聞きました。その言葉は「留学生」,すなわち外国出身の学生を日本人学生と区別する言葉でした。その当時から,米国のいわゆる研究大学とみなされる大学大学院では,外国出身者の方が生粋の米国人よりも多く,彼ら彼女らは外国出身であるからといって区別されることもなければ,逆に特別に扱ってもらえることもありませんでした。

そして,年会改革の2 つ目のコンセプトは「多様なバックグラウンドの研究者・技術者の交差点」です。まさにBRAVE BLOSSOMS のように,出身地や育った環境に違いがある多様な人々がそこに集い活躍したいと思える集団が創発してくる,そんな年会へと進化していければと思っております。その導火線として,2022 年に日本油化学会創立70 周年記念事業の一環として釧路市で開催される第2 回世界オレオサイエンス会議では,招待講演の数は僅かに留め,「選抜講演」を多く執り行うこととしました。日本国において「国際化」というと,これまでは世界の第一人者と思われている人や組織に接し,それを真似て同様な成長を模索するという考えが主流で,そのために国際会議では多くの著名人による招待講演があったように思います。それに対して,世界の隅々からの目をギラつかせた応募者の中から,よりフレッシュでより重要な一次情報を提供してくれそうな研究者を選抜し,講演してもらおうというのが「選抜講演」です。簡単に言えば,「ジーコやイニエスタをこの地によんで,色々と学ばせてもらおう」という発想ではなく「リーチ マイケルや松島幸太郎のように,この地を選び,この地で活躍し,この地を活性化させる人材が育つよう,種を蒔こう」という発想です(そこまで知識が深くなく,異なる競技を例に出してしまい恐縮です)。

なお,2019 年の年会中の宇山允人氏による進歩賞講演で,良い言葉を聞くことができたと感じています。それは,「過去の成功体験は,時として将来の発展の足枷になる」です。常に,「交差点」としての素晴らしい進化を意識して,年会改革を継続していく必要があると考えておりますので,ご協力の程,何卒宜しくお願い申し上げます。

末筆ではございますが,新年,明けましておめでとうございます。西暦2020 年,令和2 年,56 年振りに夏季オリンピックが日本にやってくるこの1 年が,皆様にとって素晴らしい年となることをお祈り申し上げます。

朝倉会長  2021年ごあいさつ

変わっていくべきこと、変わらずにいるべきこと

「こんな時代に−蛮勇を奮わず,正しく怖れ,使命を果たす−」,これは昨年11 月に,当初の予定を変更してWeb 開催された日本油化学会第59 回年会のキャッチフレーズでした。研究成果を発表する際,学術誌への論文掲載はとても重要で,特に大学においては,査読付きの論文がどれだけ掲載されたかで人事に関わる評価が決まり,また大型の公的資金の獲得につながったりもします。しかしながら,年会のように口頭やポスターで研究成果を発表する機会が減少したかというと,そのようなことはなく,例えばセミナーやシンポジウムなどにおいて,招待者による講演に加えて一般参加者が発表する機会を設ける試みがなされるなど,逆にむしろ増えていると感じています。これは,字面だけからでは読み取ることのできないノウハウや,実験条件の設定に至った裏話など,実は本当に重要な情報の交換が,Face-to-Face のコミュニケーションにより可能になるからであると感じております。

しかしながら,そのFace-to-Face のコミュニケーションをとることが困難な「こんな時代」になってしまいました。本年,そしてそれ以降の年会は,今のところ対面形式での開催を検討しておりますが,そのことが確約できているわけではありません。また,セミナーやシンポジウムなどの開催方針も全て未定です。それでも,オレオサイエンスに関わる研究や開発を進め,世の中を良い方向へ先導する「使命を果たす」のが我々の役割です。昨年,急遽,年会の臨時実行委員長の役を務め,皆様にコロナ禍下「蛮勇を奮わず」にリモートで参加いただくWeb 年会を開催しましたが,通信およびコンピューター環境についての不安から,全ての発表や講演をオンデマンド形式とし,また質疑応答は筆談形式としました。したがって,臨場感が物足りなかったことは否めません。もしも,本年以降もWeb 開催あるいは一部Web 開催を検討するならば,如何に臨場感を高めていくかが重要であると感じています。仮想空間などについては,日進月歩の技術革新が進んでいるようで,その様子を注視し,その利用の可能性について積極的に検討していくことは大変に重要と思います。

一方,年会のWeb 開催を余儀なくされたことで,逆にあらためてWeb 活用の有効性を認識することもできました。聞きたい発表の時間帯が重複する問題が解消されるだけでなく,遠方での開催であるがために参加を躊躇することがなくなるのは大いに意義あることでした。昨年正月の巻頭言において,国際化の重要性を学際交流の重要性と共に訴えさせていただきました。ところが,Web を利用すれば,地球の裏側からでも隣室からと同様にアクセスできます。よく考えてみれば当たり前のことに,改めて気付かされました。そして,地球の裏側からでも簡単に参加できるようになれば,日本国内で開催されていても,日本人ならば日本語発表が普通で英語発表は特別ということはなくなり,ただ単になるべく多くの方々に自分の発表を聞いて欲しいと思い,英語で発表するのも普通になるかもしれません。

これから「変わっていくべきこと」,色々あると思います。特にIT の進歩に柔軟に対応すること,そして「変わらずにいるべきこと」であるFace-to-Face のコミュニケーションを大切にする姿勢を,現実により近い形でリモートで実現し,本当に重要な情報を交換しあいオレオサイエンスを発展させていくことが必要であると感じています。もしも,対面形式の年会やシンポジウムを問題なく開催できる時代が来たとしても,Web 形式での参加も併設するような運営も検討すべきかと思います。ただ,新しいことに対しては予期せぬ問題が潜んでいる可能性が多分にあります。今回の新型コロナウイルス,重要なのは科学的根拠に基づいて「正しく怖れ」,自身ならび周囲の感染を防ぐことです。これは,決して「適度に怖れる」というような感覚的なことではありません。今後本格的なWeb 活用を目指すなら,コンピューターウイルスやセキュリティーの脆弱性などといった技術的な問題にとどまらず,例えば論争の過度な過熱や誹謗中傷など社会的な問題も発生するかもしれません。そのような場合も,感情論ではなく社会・人文科学的根拠に基づいてきちんと対応していくことが大変に重要と思います。
では,末筆ではございますが,新年,明けましておめでとうございます。西暦2021 年,令和3 年が,皆様にとって素晴らしい年となることをお祈り申し上げます。「こんな時代に」なってしまった今,自然科学的根拠,さらには社会・人文科学的根拠にも基づき「蛮勇を奮わず」,「正しく怖れ」,「変わっていくべきこと」と「変わらずにいるべきこと」を見極め,オレオサイエンスの研究者・技術者として「使命を果たす」を実行していこうではありませんか。