「現世を忘れぬ久遠の理想」,勤務校野球部の試合観戦で神宮球場を訪れると,このフレーズを含むライバル校の校歌を聞くことができます。組織として理想を追い求めること,そしてそれが久遠の理想であることで,組織に所属する人々の心に夢が芽生え,将来に向けてのモティベーションが高まるでしょう。しかしながら,そのプロセスが現世を忘れ,当座直面している課題へ御座なりな対応をしたり,方向性の違いに拘って獲得できる利益を逃したり,あるいはそのプロセスに関わる人々を疲弊させたりすると,人心が離れていってしまうはずです。
この度,第65回定時総会ならびに第430回理事会にて,平成31 年度から令和元年度へと移り変わる改元年度の会長を仰せつかりました。日本油化学会のこれまでの歴史を辿ると,諸先輩方のご努力が,まさに「現世を忘れぬ久遠の理想」を追求された大変に素晴らしいものであったことを,あらためて認識させられます。個人的な感覚では,その最も見事な例は,学会誌の変遷であると思っております。
前世紀までの論文誌と情報誌の両方の機能を持ち合わせた学会誌は,読者には便利であったかもしれませんが,前世紀終盤に研究者を定量的に業績評価する風潮が高まったことから,研究者にとってこの学会誌に良い論文を投稿しようという意思は著しく低下していたように感じられました。その中で,2001 年に「Journal of Oleo Science」が純粋な学術論文誌として創刊され,その後の電子ジャーナル化および完全英文化を経て,2010 年にはImpact Factor の対象となりました。これは,日本油化学会が「オレオサイエンスという分野を世界的に先導する」という理想を追求する基盤を整備したことを意味すると感じております。一方,同時に情報誌の「オレオサイエンス」を創刊し,日本語で本分野の諸情報を簡単に獲得したい方々の現実的要求に沿う対応もできたと感じております。
日本油化学会の特徴としてよく挙げられるのが「多様性」ですが,実はこの「多様性」に多様な軸があると感じております。勿論,第1 に挙げられるのは[ 脂質生命科学 ↔ 食品・日用品油脂化学 ↔ 油脂産業技術 ↔ 洗剤・洗浄工学 ↔ 界面活性剤合成 ↔ 界面物理科学 ]という研究分野の軸です。しかしそれ以外に,学会参画の目的としての[ 情報発信 ↔ 情報収集 ]という軸や,[ 個人意思 ↔ 組織貢献 ]という軸もあります。したがって,何らかの方策を取る際は,このような「多様な多様性」に基づく要求があることの認識が必要なはずです。ちなみに,前述の学会誌については,アメリカ油化学会のように油脂化学と界面活性剤・洗剤に分冊化せず,幅広い研究分野を全て網羅したオレオサイエンスという分野を提案し,分野間の連携が活発に進行する環境が整えられております。その一方,論文誌と情報誌に分冊化し,[ 情報発信 ↔ 情報収集 ]という参加目的の軸の多様性にも対応できています。
さて,この度の会長就任により,学会内諸業務の大部分を辞しましたが,年会改革推進委員会ならびに学会創立70 年記念事業準備委員会の委員長は,引き続き務めさせていただきます。年会が,学際性が強く斬新な発想を許容する自由闊達さと高い学術レベルを堅持する質実剛健さが同居した,国際的な産学連携の場としてより活気づくよう様々な施策に挑戦する予定です。具体的には,「産学連携コーナー」と「国際選抜講演」(共に仮称)の設立です。この新しい年会の形態を,2022 年に学会創立70 年記念事業として釧路市で開催する第2 回世界オレオサイエンス会議までに確立し,その後に繋げていければと思っております。
なお,ライバル校校歌内のフレーズ「現世を忘れぬ久遠の理想」を追求するため,勤務校創始者の言葉である「敢為活発堅忍不屈の精神」で臨む所存におります。会員の皆様におかれましては,ご協力の程,何卒宜しくお願い申し上げます。