岡野 知道

公益社団法人日本油化学会会長
ライオン株式会社 

新年のご挨拶 :

直接対話を通して感じた油化学の未来    2025年1月

 新年,明けましておめでとうございます。昨年9月に野々村先生のご尽力の下で米沢市の山形大学にて開催された2024年度日本油化学年会におきましては,約500名に及ぶ数多くの方々にご参加いただくとともに,10社を超える企業様にも様々な形でご支援を賜り本当にありがとうございました。おかげさまで米沢市の宿泊キャパシティに影響が及びそうになったほか,懇親会会場では消防法上の理由で当日参加をお断りいただくなどのご迷惑をおかけするくらい,盛大に開催することができました。ご不便をおかけした方々には心よりお詫び申し上げるとともに,ご尽力くださった関係者の皆様に深く御礼申し上げます。
 さて,2024 年は会長就任時に最重要タスクとして掲げさせていただきました「未来と向き合う」取り組みの一環として,後藤副会長および事務局とともに,約10社の法人会員企業様と面談させていただきました。日本全体の人口減少などを背景として多くの学会が会員減ならびに収入減に苦しむ中で,油化学会は幸いなことに財務的には今のところ安定運営を継続することができています。その理由は会費収入の約70%が法人会員費で構成されていることにほかならず,言い換えれば法人会員企業に対する有益性が棄損すると財務状況は一気に悪化するリスクをはらんでいると言えます。そこで重要なステークホルダーのひとつである法人会員企業に現状へのご理解を深めていただくと同時に,将来にわたる WIN WIN 関係を構築するための方策についてご意見を伺う機会をいただきました。詳細なレポートならびに具体的な施策については今期中に提案としてまとめるべく活動中ですが,たいへん多くの示唆に富んだアイデアをいただくことができました。例えばインターネット上に玉石混交の状態で情報が溢れかえっている時代だからこそ,専門的にみて正しい情報の拠り所として便覧のアップデートのような活動はできないかといったアイデアや,分野や世代を跨いだ人的交流のさらなる活性化を志向した年会やセミナーなどの進化の在り方などは大いに検討する価値があるのではないかと感じています。
 一方で多くの方々との対話を通して,油化学会の最重要ステークホルダーであるアカデミアの研究環境改善に対しても,未来に向けて貢献できることがあるのではないかと感じました。例えば大学の研究環境は独立行政法人化の施行以降,成果主義や管理強化が顕著に進み,研究そのものが近視眼的になる傾向が表出するとともに,予算確保や業務管理に要するスタミナが激増し,本来の活動である研究や教育に充当すべき余力が削られているように思います。仮に学会の表彰制度などの資金を単年度の報奨金ではなく,複数年度に跨る助成金に変えるだけでも,若手研究者がユニークでハードルの高い研究テーマに挑戦しやすい環境作りに役立つかもしれません。また,これは容易ではないことは承知していますが,大学そのものの管理体制もバックオフィスのスリム化などによって簡略化することで,手続きの簡素化が期待できるとともに,企業からの寄付金や共同研究費を有効に研究現場に配賦することができるのではないでしょうか。少ない事例をもとにした情報ではありますが,多くの大学で30%~50%の費用が管理費用として徴収されるため,大学に研究を委託したい企業側も慎重になる傾向を感じますし,10%を超える研究室が年間研究費100~200 万円程度で運営されていることも,若手研究者の疲弊に繋がっているように思います。
 上記は私見です。御意見や御指摘があれば遠慮なくお聞かせ願えればありがたく存じます。活動におけるユニークネスと精緻さは日本の強みだと私は信じています。小さな活動かもしれませんが,法人会員企業の皆様やアカデミアの先生方から頂戴したアイデアや助言を少しでも形にして,日本油化学会がフロントランナーになって日本の研究活動の活発化と持続性を実現できればと心から願っております。本年も引き続き皆様のお力添えをよろしくお願いいたします。
 最後に宣伝になりますが,9 月3 日から信州大学において酒井俊郎先生のご尽力のもと,2025 年度年会が開催される予定です。奮ってご参加ください。

新年のご挨拶 :

油化学会だからできる未来への貢献    2024年1月

 新年,明けましておめでとうございます。昨年は数年ぶりに対面で高知年会が開催されるなど,コロナパンデミック後の社会活動が本格的に始まった印象の1 年でした。もちろんリモートの利便性もありますが,熱量を肌で感じることができる出会いや活動はとても刺激的で有意義だと再認識したのは私だけではないのではないでしょうか。私自身も昨年夏に還暦を迎えたのですが,思えば本当に多くの出会いに恵まれ,熱量に溢れた交流を通して育てて頂いたからこそ今があると改めて感じました。この感謝を恩返しに変えて人生の終盤を費やす所存で2024 年を迎えております。
さて,会長就任時の巻頭言でも書かせて頂いた通り「未来と向き合う」ことを会長の最重要タスクとして私は設定しております。向き合うべき未来には多くの切り口やビジョンがありますが,社会的にも世界レベルで重要度が高まっている課題が「サステナビリティ」と「ウェルビーング」です。私はこれらの未来課題と油化学会との親和性は極めて高いと考えています。
 油化学会の主要学問領域である界面科学,界面活性剤の歴史は時代に合わせた資源活用の歴史でもあります。魚油や牛脂を資源とした石鹸から始まり,高度経済成長期には化石資源の有効活用により急速な発展を遂げました。そして1990 年代からは本格的に環境適合性や資源の持続性を考慮したバイオサーファクタントの開発や植物資源活用が活発に行われてきた歴史があります。言うなれば社会的に有用なケミカルを開発するに際して,産学が一体となってどこよりも早くサステナビリティと向き合ってきた学術領域のひとつであると言えます。その油化学会がこれから目指すべき未来像がどこにあるかはまだまだ不確実ですが,可食性への配慮や高いCO2 固定効率,残渣のない完全活用可能な資源などの要件を満たす技術開発などがその1 つかもしれません。
 一方,ウェルビーングも油化学会の得意分野と密接な関係にあり,主要学問領域であるニュートリションや天然油脂のレドックスコントロールなどは親和性が高い重要技術です。もちろん医療や創薬の技術革新も重要な未来技術ですが,長寿社会における健康への向き合い方として「知る」ことや「防ぐ」ことの重要性は益々高まると考えられています。
油化学会のユニークネスは多様な学術領域において,アカデミアから企業まで多彩なプレーヤーが垣根を作ることなく基礎から応用まで幅広くオープンに交流する点にあります。今年は法人および個人会員の多くの皆様に声を聞かせて頂き,すべてのステークホルダーに対する有用性を高める活動をしたいと考えていますが,その時の仮説のひとつが上述の強みをさらに拡大することです。具体的には「国際化や学際化の加速を目指した学会間連携の強化」,「技術と人の両面におけるアカデミアと企業のマッチング」,「セミナーや交流イベントによる人材の育成」,さらには「国などの支援獲得による研究活動の活性化」を考えています。
 昨今の日本の研究環境については多方面から多くの課題が指摘されています。人材面では学位保有者のキャリアに関する課題や人口減少に伴う各学会の会員減も大きな問題です。また,研究資金面でも競争領域への集中や投資回収視点に基づいた出口管理強化に伴い,未知の可能性を包含した自由な研究は棄損される傾向にあるように感じています。企業の研究は事業活動の中にあるのでリターンとスピードは強く意識すべきですが,学術研究まで1 つの価値観や手法で束縛することは本来の学問の姿ではないのではないかと危惧しています。
 繰り返しになりますが油化学会は未来課題と親和性が高い領域を担う学会であり,多様でオープンな会員で構成される稀有な学会です。未来課題の解決は容易ではありませんが,会員の皆様のご助力を得つつ優先順位を付けながら改善を図りたく思います。どうぞご協力のほどよろしくお願いいたします。
 最後に宣伝になりますが,9 月3 日から山形大学において野々村先生のご尽力のもと,2024 年度年会が対面で開催される予定になっています。奮ってご参加頂きますようお願いいたします。

就任のご挨拶      2023年5月

 この度、第69回定時総会ならびに第459回理事会にて令和5年度の会長を仰せつかりました。誠に光栄のかぎりです。産業界に身を置く浅学の自分にこの大役が務まるものかと甚だ緊張しておりますが、産業界からの会長の就任は平成12年度以来23年ぶりという責任の重さも踏まえて歴史ある日本油化学会の未来に全力で向き合う所存です。ご指導、ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いします。
未来に向けてまず取り組むべきことは、3年以上にも及んだ新型コロナウイルスパンデミックもようやく落ち着きを取り戻しつつあることを踏まえて、新しい学会活動の形を創出することです。行動制限や対面制限が学会活動に及ぼした影響は決して小さなものではなく、多くの重要行事が中止や縮小、開催方法の変更を余儀なくされました。しかしながらこの経験の中で得たものもあります。日本油化学会においてもデジタル技術を積極的に取り込み、昨年8月に開催されたWCOS 2022では、WEB会議の特長を活かして、国内からの多くの研究報告はもちろん、新たな試みとなる選抜講演の開催、米国油化学会(AOCS)との共同で開催したジョイントミーティング、ISF Lectureship Seriesと多くのプログラムを準備して盛会に終えることができました。とはいえ、学会に期待される重要な役割のひとつは新しいネットワーキングであり、学術的な議論の深化です。オンラインの利便性やコストメリットは活かしつつも、これらの本質的な機能を十分に発揮できるように、令和5年度の年次大会は4年ぶりに対面形式で実施する予定です。懇親会もその時の社会環境には配慮しながらも実施する方向で関係者は努力を進めて下さっています。皆様の積極的なご参加をぜひともよろしくお願いします。同様に、各種セミナーやイベントもリアルとデジタルを上手く併用しながら活性化してまいりますのでご期待下さい。
 もうひとつ未来を考える上で重要な課題と考えていることが、日本油化学会を構成して下さっているすべてのステークホルダーの皆様にとっての存在意義を再確認するとともに、会員数減や財務逼迫などの難しい課題にも目を背けずにしっかりと道筋を作って取り組むことにより、学会としてのサステナビリティを強化することではないかと考えています。
日本油化学会の主力英文学術誌であるJournal of Oleo Scienceは多くの先生方のご尽力により世界各国の研究者が無料でWEBアクセスでき、取得内容を2次利用しやすい環境を整えて一流のオープンアクセス誌としてDictionary of Open Access Journalに収載されました。また、Impact Factorも1.628まで向上させることに成功しています。日本油化学会の特徴のひとつは、油脂と界面科学を基軸に発展してきた学術領域としての裾野の広さと、基礎技術から応用技術まで同じプラットホーム上に存在する実現力の高さです。上記はこの強みを活かすための重要な武器ではないかと考えています。米国油化学会やアジアの研究者に対して積極的に働きかけて国際化を加速させるとともに、今後は健康や環境関連を中心に学術領域をシームレスに跨いだ取り組みが主流になりますので、先陣を切って他学会との取り組み方にも革新を起こしたいと考えています。
 一方で、企業および企業研究者の構成比率が会員数、財務構成の両面で高いことも日本油化学会の特徴です。事業環境変化が激しいこれからの社会において、企業にとっての学会の有益性も大きく変化することが予想されます。適切な表現ではないかもしれませんが、投資価値が高い学会という形を模索してみる必要もあるのかもしれません。この点についても幅広い多くの方々と対話を持ち、短い任期の中ではありますがデザインを試みたいと考えております。
 私は30年以上前の学生時代から日本油化学会にお世話になってまいりました。今の自分があるのも多くの大先輩方より頂戴したご指導のおかげと感謝しております。今回の会長就任のお話しは恩返しの機会と捉えて未来志向で取り組んでまいります。皆様のご理解、ご協力を賜りたく、何卒よろしくお願いいたします。