岡野 知道

公益社団法人日本油化学会会長
ライオン株式会社 執行役員

新年のご挨拶 :

油化学会だからできる未来への貢献    2024年1月

 新年,明けましておめでとうございます。昨年は数年ぶりに対面で高知年会が開催されるなど,コロナパンデミック後の社会活動が本格的に始まった印象の1 年でした。もちろんリモートの利便性もありますが,熱量を肌で感じることができる出会いや活動はとても刺激的で有意義だと再認識したのは私だけではないのではないでしょうか。私自身も昨年夏に還暦を迎えたのですが,思えば本当に多くの出会いに恵まれ,熱量に溢れた交流を通して育てて頂いたからこそ今があると改めて感じました。この感謝を恩返しに変えて人生の終盤を費やす所存で2024 年を迎えております。
さて,会長就任時の巻頭言でも書かせて頂いた通り「未来と向き合う」ことを会長の最重要タスクとして私は設定しております。向き合うべき未来には多くの切り口やビジョンがありますが,社会的にも世界レベルで重要度が高まっている課題が「サステナビリティ」と「ウェルビーング」です。私はこれらの未来課題と油化学会との親和性は極めて高いと考えています。
 油化学会の主要学問領域である界面科学,界面活性剤の歴史は時代に合わせた資源活用の歴史でもあります。魚油や牛脂を資源とした石鹸から始まり,高度経済成長期には化石資源の有効活用により急速な発展を遂げました。そして1990 年代からは本格的に環境適合性や資源の持続性を考慮したバイオサーファクタントの開発や植物資源活用が活発に行われてきた歴史があります。言うなれば社会的に有用なケミカルを開発するに際して,産学が一体となってどこよりも早くサステナビリティと向き合ってきた学術領域のひとつであると言えます。その油化学会がこれから目指すべき未来像がどこにあるかはまだまだ不確実ですが,可食性への配慮や高いCO2 固定効率,残渣のない完全活用可能な資源などの要件を満たす技術開発などがその1 つかもしれません。
 一方,ウェルビーングも油化学会の得意分野と密接な関係にあり,主要学問領域であるニュートリションや天然油脂のレドックスコントロールなどは親和性が高い重要技術です。もちろん医療や創薬の技術革新も重要な未来技術ですが,長寿社会における健康への向き合い方として「知る」ことや「防ぐ」ことの重要性は益々高まると考えられています。
油化学会のユニークネスは多様な学術領域において,アカデミアから企業まで多彩なプレーヤーが垣根を作ることなく基礎から応用まで幅広くオープンに交流する点にあります。今年は法人および個人会員の多くの皆様に声を聞かせて頂き,すべてのステークホルダーに対する有用性を高める活動をしたいと考えていますが,その時の仮説のひとつが上述の強みをさらに拡大することです。具体的には「国際化や学際化の加速を目指した学会間連携の強化」,「技術と人の両面におけるアカデミアと企業のマッチング」,「セミナーや交流イベントによる人材の育成」,さらには「国などの支援獲得による研究活動の活性化」を考えています。
 昨今の日本の研究環境については多方面から多くの課題が指摘されています。人材面では学位保有者のキャリアに関する課題や人口減少に伴う各学会の会員減も大きな問題です。また,研究資金面でも競争領域への集中や投資回収視点に基づいた出口管理強化に伴い,未知の可能性を包含した自由な研究は棄損される傾向にあるように感じています。企業の研究は事業活動の中にあるのでリターンとスピードは強く意識すべきですが,学術研究まで1 つの価値観や手法で束縛することは本来の学問の姿ではないのではないかと危惧しています。
 繰り返しになりますが油化学会は未来課題と親和性が高い領域を担う学会であり,多様でオープンな会員で構成される稀有な学会です。未来課題の解決は容易ではありませんが,会員の皆様のご助力を得つつ優先順位を付けながら改善を図りたく思います。どうぞご協力のほどよろしくお願いいたします。
 最後に宣伝になりますが,9 月3 日から山形大学において野々村先生のご尽力のもと,2024 年度年会が対面で開催される予定になっています。奮ってご参加頂きますようお願いいたします。

就任のご挨拶      2023年5月

 この度、第69回定時総会ならびに第459回理事会にて令和5年度の会長を仰せつかりました。誠に光栄のかぎりです。産業界に身を置く浅学の自分にこの大役が務まるものかと甚だ緊張しておりますが、産業界からの会長の就任は平成12年度以来23年ぶりという責任の重さも踏まえて歴史ある日本油化学会の未来に全力で向き合う所存です。ご指導、ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いします。
未来に向けてまず取り組むべきことは、3年以上にも及んだ新型コロナウイルスパンデミックもようやく落ち着きを取り戻しつつあることを踏まえて、新しい学会活動の形を創出することです。行動制限や対面制限が学会活動に及ぼした影響は決して小さなものではなく、多くの重要行事が中止や縮小、開催方法の変更を余儀なくされました。しかしながらこの経験の中で得たものもあります。日本油化学会においてもデジタル技術を積極的に取り込み、昨年8月に開催されたWCOS 2022では、WEB会議の特長を活かして、国内からの多くの研究報告はもちろん、新たな試みとなる選抜講演の開催、米国油化学会(AOCS)との共同で開催したジョイントミーティング、ISF Lectureship Seriesと多くのプログラムを準備して盛会に終えることができました。とはいえ、学会に期待される重要な役割のひとつは新しいネットワーキングであり、学術的な議論の深化です。オンラインの利便性やコストメリットは活かしつつも、これらの本質的な機能を十分に発揮できるように、令和5年度の年次大会は4年ぶりに対面形式で実施する予定です。懇親会もその時の社会環境には配慮しながらも実施する方向で関係者は努力を進めて下さっています。皆様の積極的なご参加をぜひともよろしくお願いします。同様に、各種セミナーやイベントもリアルとデジタルを上手く併用しながら活性化してまいりますのでご期待下さい。
 もうひとつ未来を考える上で重要な課題と考えていることが、日本油化学会を構成して下さっているすべてのステークホルダーの皆様にとっての存在意義を再確認するとともに、会員数減や財務逼迫などの難しい課題にも目を背けずにしっかりと道筋を作って取り組むことにより、学会としてのサステナビリティを強化することではないかと考えています。
日本油化学会の主力英文学術誌であるJournal of Oleo Scienceは多くの先生方のご尽力により世界各国の研究者が無料でWEBアクセスでき、取得内容を2次利用しやすい環境を整えて一流のオープンアクセス誌としてDictionary of Open Access Journalに収載されました。また、Impact Factorも1.628まで向上させることに成功しています。日本油化学会の特徴のひとつは、油脂と界面科学を基軸に発展してきた学術領域としての裾野の広さと、基礎技術から応用技術まで同じプラットホーム上に存在する実現力の高さです。上記はこの強みを活かすための重要な武器ではないかと考えています。米国油化学会やアジアの研究者に対して積極的に働きかけて国際化を加速させるとともに、今後は健康や環境関連を中心に学術領域をシームレスに跨いだ取り組みが主流になりますので、先陣を切って他学会との取り組み方にも革新を起こしたいと考えています。
 一方で、企業および企業研究者の構成比率が会員数、財務構成の両面で高いことも日本油化学会の特徴です。事業環境変化が激しいこれからの社会において、企業にとっての学会の有益性も大きく変化することが予想されます。適切な表現ではないかもしれませんが、投資価値が高い学会という形を模索してみる必要もあるのかもしれません。この点についても幅広い多くの方々と対話を持ち、短い任期の中ではありますがデザインを試みたいと考えております。
 私は30年以上前の学生時代から日本油化学会にお世話になってまいりました。今の自分があるのも多くの大先輩方より頂戴したご指導のおかげと感謝しております。今回の会長就任のお話しは恩返しの機会と捉えて未来志向で取り組んでまいります。皆様のご理解、ご協力を賜りたく、何卒よろしくお願いいたします。